収束、終結、されど開幕


 遊戯室の前に、使用人を除くこの島の住人達が揃っている。ゆっくりと見回す。
 1人、2人…、……10人。やはり一人足りない。
「…やはりこの死体は…」
「ええ、どうやら…」
 俺が2階にいる、クリス、澪、黄泉を連れてくると、すでに茉莉華を連れた凛が待っていた。俺達が着いてから少し待っているとリリスから連絡を受けたという架賀巳が現れた。内線用の携帯を持っているそうで、さっき連絡を受けたそうだ。使用人達には待機しているよう、先ほど連絡していた。
 それからしばらくすると、人夢と凪を連れたリリスが姿を見せた。ということは…。
「これは在膳さん、ですか」
「…おそらく。ノックしたのですが反応がなくて。調べてみたら鍵が掛かってなかったので、中に入って探したんですけど見つかりませんでした…」
 リリスは1階に下りる間に架賀巳に連絡し、まず在膳の部屋に向かったという。単に階段から一番近かっただけだそうだが。在膳の部屋を確認後、凪と人夢を起こし、向かってきたそうだ。それで来るのが一番遅かったのか。
「とりあえず、ここにいるのも何ですから、下に行きますか」
「ええ…」
 状況を整理するために、リビングに向かった。まずは落ち着かなくては、何も分からない。後から来た面々も、死体を見て驚愕している。
 リビングに到着し、皆思い思いのところに座る。ひたすらに空気が重く、誰も口を開こうとしない。どれぐらい時が過ぎたのか、沈黙に耐えられなくなり、俺が口火を切った。
「…確認しますが、あの死体は在膳さんのものであると思って、間違いないですね?」
「…おそらく。部屋はもぬけの殻でしたから」
 ここにいない時点でそれしかありえないとは思うのだが、一応確認である。
「一応後で部屋確認しようとは思いますが、今はその方向で話を進めます。あの死体が在膳さんであるということは分かりました。では誰が彼女を殺したのですか?」
 一同に緊張が走った。揃ってお互いの顔を見つめあう。ここが新宿や渋谷なら、行きずりの犯行という可能性もあるが、それはありえない。死体になることが出来る登場人物が限られているということは、犯人になれる人物も限られているのだ。考えたくはないがこの中の誰かが犯人である可能性は高い。
「この中にいるとは限らないじゃないですか。使用人達の誰かかも知れませんよ?」
「…それはありえません、黄泉さん。この屋敷の使用人達は、機密の漏洩を防ぐために常に3人一組での行動が義務付けられてますから。もし1人で行動する場合は私に必ず連絡がきますし、勝手に行動した場合は同じ組の者から連絡がきます。ですからそれはありえないんです」
「でも架賀巳さん、その3人が共犯だったらどうなんですか」
「それもありえません。この島の使用人になった時点で、彼らにはHOCSをいかなる理由があっても傷つけられないように暗示がかけられてますから。もし少しでも危害を加える、またそう思っただけで、死にも勝る苦痛が襲います。だから彼らに彼女を殺せるはずがないんです」
「本当なんですか、リリスさん?」
「えぇ…その通りです。私以外にも時々他のHOCSの方々がお見えになりますから、万が一を考えて…」
 ならば容疑者から使用人達は消えることになる。よするとやはり犯人はこの中にいることになってしまう。
「すると…やはりこの中の誰かが在膳さんを殺したと…」
「何を言ってるの澪君! もしかしたら知らない人が入ってきて彼女を―」
「殺したかもしれないでっすって? 有り得るわけないでしょ! ここをどこだと思ってるんですか!」
 突然の澪の大声に押し黙るクリス。彼女も分かってはいるのだろう、だが必死でそれを否定したいに違いない。
「落ち着いてください!」
 俺の一喝で再び静寂が訪れる。とりあえず澪も落ち着いたようである。本当はこういう仕切りはリリスの仕事なのだが、さっきから恐怖が抜けないのかまともな状態ではない。次に相応しい在膳はすでにこの世にいない。しかたない、俺がやるしかないか。それに、俺にこそ相応しいのかも知れないし。
「どんなことにも例外はあります。だから俺達がいない人間が存在する可能性もないわけじゃありません。それをはっきりさせるためにも、皆さんここは冷静に状況を確認しましょう」
 納得したのか、皆軽く頷く。だがその顔からは不信感が滲み出していた。無理もない、俺だってこんなでまかせ信じているわけではないんだから。だが、時にはどんなに愚かな希望だって無いよりはましな時があるんだ。
「まず皆さんのアリバイを確認しましょう。最後に在膳さんを見たのは誰ですか?」
「…夕食後、僕と黄泉、リリスさん、在膳さんとで食堂で飲んでいました。そのまま11時ぐらいまで飲んでましたか。ああ、途中8時半頃、美弥之裡さんが食事を取りに来ましたね。凄い勢いで食べて、食べ終わったらすぐ帰ってしまいましたが。その後さすがに皆酔いが回ってきて、そこでお開きにしました」
「その後は?」
「各々自分の部屋に帰りましたから、そこまでしか…」
「じゃあおそらく最後に彼女を見たのは私でしょう…」
 それまで一切口を開く事が無かった凪が口を開いた。だがそれもしかたなく無理やりといった感じである。自分のパートナーが殺されたのだ、無理も無い。
「夕食後、部屋で少し仕事をしていたら彼女がやってきました。少し仕事の話をした後、部屋に戻って寝ると言って出て行きましたね。それが確か0時になる少し前ぐらいでした」
「…と言うことは、0時までは在膳さんは生きていたということですか。リリスさん、あなたが死体を発見した時間は具体的に何時ぐらいですか?」
「部屋に戻った後、忘れ物に気づいて食堂に取りに戻ったんです。その帰り途中、遊戯室から明かりが漏れているのに気づいて、気になって覗いてみたら中に…。部屋を出る前に一度確認しましたから、おそらく一時前だと思います」
「すると、0時から1時の間に彼女は殺された、ということになりますね。それでは失礼ですがその時間、皆さんが何をしていたか教えていただけませんか?」
 思ったよりも犯行時間の幅が短い。これが何を意味するのだろうか?
「…僕は食堂を出た後、まっすぐ部屋に戻りました。お酒が入っていたこともあって、部屋に着いたらすぐ眠ってしまいました。それからはまーさんに起こされて、今に至るって感じです。黄泉も同じだろ?」
 小さな声で、はいと答え頷く。確かに二人とも、俺が起こしに行ったとき眠っていたように思えた。もちろんそれが芝居である可能性は否定できないが。
「わかりました、では凪さん」
「私は、クリスさんと少し早めに夕食を取った後、ずっと部屋で仕事をしてましたから。先ほども言いましたが、途中清香が来ましたね。それからもリリスさんが尋ねてくるまで仕事をしてましてよ」
「その間、一度も部屋を出ていないのですか?」
「ええ、まったく」
 今のところ、3人ともアリバイがあるとはとてもじゃないが言えない。犯行時間が1時間しかないのだから仕方ないのだろうか。
「ではクリスさん」
「…私は凪さんと夕食を取った後、1人で外に散歩に行ってたよ」
「お1人で?」
「うん、ちょっと夜風に当たりたくて。帰ってきたのが10時ぐらいかな。一度人夢の部屋に行って話した後、11時には寝ちゃったね、何か疲れてて」
「ありがとうございます、では人夢さん」
「…夕食後、君達と一服した後、部屋に帰って考え事をしてた…。途中クリスがやってきて、11時前に戻っていった…。その後リリスさんが来るまで、また考え事していた…」
 なんなんだこれは? こんなことがおこるというのか。
「…次はリリスさんお願いします」
「はい、さっきも言いましたが皆さんと別れた後、忘れ物を取りに行くまで部屋で仕事をしていましたその間は誰とも会っていません」
「はい、では架賀巳さん」
「あ、はい。えーと、7時から9時までは皆さんの夕食の支度をしていました。少し休憩した後、細かい仕事は使用人達に任せて部屋で帳簿の整理をしていました。リリス様から連絡をもらった時も、部屋にいました」
 またか。
「わかりました…では茉莉華さん」
「え? あ、あぁ、はい! えと、8時過ぎに斑さんと凛さんが尋ねてきた後、大急ぎで食事をしに行きました。やっていた仕事がきりが悪かったもので急いで戻り、9時過ぎには部屋に戻っていました。あとはさっき凛さんが来るまで1人で仕事の続きしてました」
「ありがとうございます。では最後に俺たちですが、食事を終えリビングで人夢さんと一服した後、気になったので茉莉華さんを尋ねました。それが8時過ぎでした。茉莉華さんが食堂に向かった後、俺の部屋に向かいました。凛は部屋に着くとすぐ寝てしまい、俺はリリスさんが来るまでその横で本を読んでいました」
「そうだよ、私とまーちゃんはずっと一緒にいたの」
「…ということは…」
「ええ、そうですリリスさん」
 こんなことが本当にあるとは驚くしかない。選択識のテストで0点とるようなものだぞ。
「ここにいり皆さんに、0時から1時のアリバイが存在しないんですよ」
「え、でも斑さんと凛さんはずっと一緒にいたんですから、犯行は不可能じゃないんですか?」
「いえ、少なくとも俺には可能ですよ、茉莉華さん。こいつが寝ている間に行けばいいんですから。リリスさんが来るまでこいつまったく起きませんでしたからね」
「うん、ぐっすり寝てた」
「それに、俺と凛が共犯ならば、凛にも可能ですからね。と言っても俺たちがやったってわけじゃないですよ」
 事実に気づき黙り込む一同。たかだか一時間と言う短い間なのに、誰一人としてアリバイが無いとはどういうことなのだろうか。普段と変わらない自由な生活をしてもよいという、一切の規則のないこの島のルールがもたらした副産物とでも言うのか。
 それにしても皆が是ほどまでにばらばらというのも有り得ない話である。いや実際に起こっているのだが。
「では誰が在膳さんを殺した犯人かは…」
「残念ながらこの時点ではわかりません。ですから問題はこれからのことです。どうしますかリリスさん?」
 このままこうしていても埒が開かない。ただ一つ分かっている、絶対的な事実はこの中に殺人者がいるということだけだ。
「…この後すぐに現神に連絡を取ります。しかし救援が来るまで2日近く掛かると思います。ですからそれまでは今まで通り過ごすということで。この中の誰かが犯人なのか、それとも他に第3者がいるのか、目的は何なのか、まだ犯行は続くのかなどわからないことは多すぎますが、今はこれ以上出来る事はありません」
「本当に何も出来ないんですか?」
「日が明け次第、誰か潜り込んでいるのか捜索はさせます。ですがもしこの中にいる場合は、私の一存で勝手な行動を取る事は出来ないので…」
「…仕方ないでしょうね。それと一緒に清香の遺体も探してもらえませんか?」
 彼女の遺体はばらばらに切断されているうえに、首も見当たらないのだった。確かにせめて首ぐらいは見つけたいであろう。
「わかりました。では今は一度解散にしましょう。これからも今まで通りに行動してかまいませんが、何が起こるか分からないので、なるべく1人では行動しないようにお願いします」
「分かりました。でもリリスさん、皆の部屋の捜査とかしなくていいんですか? もしかしたら凶器とか証拠とか見つかるかもしれませんよ?」
「お望みならばしますが、私は皆さんを信じたいのですよ、澪さん。ですからきっと他に犯人がいると私は思っています」
 そうまで言われては誰も調べてくれなどとは言えなくなる。それに誰だって自分の荷物を調べられるのは良い気分ではない。
「それに、あんな殺し方をする犯人が、すぐに見つかるような証拠をいつまでも残しておくとは思えませんから」
「…そうですね、失礼しました」
「では皆さんお疲れでしょう。一度部屋に帰り休んでください。遺体のほうはこちらで保管しておきます」
 そういうとまずリリスが立ち上がった。それに続いて、他のものも次々と立ち上がる。部屋を出て行く足取りはまるで亡霊のようだ、これではどちらが死人かわかったもんじゃない。
 慣れない事をしたせいか、頭がぼーっとしていた。人の死に出会うなんてそうそうあるもんじゃない、ましてやそれが殺人であれば。自分では冷静に思っていたが、思ったよりもショックが抜けていなかったのだろう。俺も一度眠るとしよう。
「…斑さん」
 階段を上ろうとした俺に、後ろから声が掛かる。驚き振り返ってみると、声の主は人夢だった。
「何ですか、人夢さん?」
「リリスさんには、気をつけてください…」
「え? どういうことです?」
 それだけ言うと、俺の疑問には答えず、階段を下りていった。一体何だったのだろうか?
「ほらまーちゃん、行こう」
「ん、ああ」
 さて俺も部屋に戻るか。いや、その前に。
「凛、行くぞ」
「え、どこに?」
「一応確認しに行こう、在膳さんの部屋を」
「めんどくさいけど、まーちゃんが言うならしかたないな」
 あの場にいた人を見れば、あの死体が在膳なのは疑うまでもないとは思うのだが、念のためである。それにもしかしたら、何か証拠が見つかるかもしれない。
 歩き始めると、すぐに在膳の部屋に着いた。リビングから一番近いところに彼女の部屋はあった。慌てていたからだろう、鍵は掛かっておらずすんなりと中に入れた。鍵を借りに行く手間が省けて助かった。
 中に入ってみるが、俺たちの部屋と作りになんら変わりはなく、特におかしなところはなかった。ざっと見て回ったが、彼女の荷物以外何も見つからなかった。荒らされた形跡もなく、そこの住人がいないだけである。そのせいなのだろうか、何とも荒涼とした印象を受ける。
「何にもないね」
「ああ、やっぱりあの死体は在膳さんなんだろうな」
 万が一にでも、ここに彼女がいればまた話は変わってくるのだが。そうそう突拍子も無いことは起こらないか。何かおかしいような気もするが、気のせいか。
「ほらまーちゃん、そろそろ行こう」
「ん、ああ」
 しばらく立ち止まってい考え込んでいたが、凛に引っ張られるように部屋に戻っていった。今は上手く頭が回らない。とりあえず面倒くさいことは明日に回して、今はゆっくり休もう。
「じゃあ、おやすみまーちゃん。気をつけてね」
「お前もな、ちゃんと鍵は閉めろよ」
「うん」
 珍しく素直に頷くと、そのまま部屋に入って行った。凛を見送ると、俺も部屋に戻った。そのままベッドに倒れこむと、睡魔が襲ってきた。いいや、このまま寝てしまおう。風呂とかは明日でいいや。
 疲れからくる睡魔には勝てず、そのまま眠りに落ちていった。この時は、もうこれ以上ひどいことにはならないだろうと高をくくっていた。そのため、後になってこの時点で行動を起こしていればと後悔する羽目になった。


 夢を見ている。夢というのには2種類あるそうで、起きるまでそれが夢と気づかないもの、見ている間にこれが夢であると気づくものの二つがあるそうだ。
 俺はどこかの家にいるらしい。自分の夢だと言うのに、ここがどこだか分からない。まあそんなものだろう。小さいテーブルを囲んで食事をしている。回りにいるのは誰だ? それすらも分からない。ただひどく懐かしい。よくわからないがいい夢に違いない。しばらくこのまま夢にひたっていよう。
 だがそんな願いも長くは続かなかった。誰かが外から呼んでいる。かなり切羽詰った声だ。一体誰だ、邪魔をするな。こんなにも懐かしく、気持ちがいいのに。声はどんどん大きくなる。うるさい、黙れ! もうこんなことは有り得ないんだ。もう会える事はないんだ!
 意識が急速に現実に引き戻される。今までカラーだった視界が、突然真っ暗になる。…目を閉じているんだから当たり前か。体を起こし、頭を振る。全く、何だって言うんだ。
「斑様! 起きてください! 大変なんです!」
 声からすると架賀巳のようである。何をそんなに慌てているのだろうか? 体を伸ばすと、ベッドから離れドアに近づく。服のまま眠ってしまったから、どうも体が痛い。あくびをこらえながらドアを開ける。やはりそこには凄い形相をした架賀巳が立っていた。
「…おはようございます、どうしたんですか?」
「あ! 大変なんです、リリス様が、リリス様が!」
「リリスさんがどうしたんですか?」
 さすがに尋常じゃない雰囲気に気づき、嫌な汗が流れてくる。まさか…。
「とにかく来てください!」
 そう言うなり、架賀巳は俺の腕を掴み走り出す。もの凄い力だ、これは思ったとおりただ事ではないらしい。ちくしょう、俺は嫌な予感だけは外した事がないんだ。
 架賀巳に連れてこられた所は、西棟の研究室であった。ここに来るのは始めてである。
「はぁ、はぁ…ここに何があるというのですか?」
 しかし架賀巳は俺の質問に答える様子はなく、真っ青な顔でただ押し黙るばかりである。こんなこと前にも経験した気がする…。デジャブにしては生々しすぎる。
 俺は覚悟を決め、研究室のドアを開けた。日頃の手入れが良いのだろう、音も無くドアは開いていく。
 俺がそこに目にしたものはデジャブなんかではなく、確かに見たことのあるものだった。
「…まさか、これは…」
「…はいおそらくリリス様です」
 そこにはリリスがあられもない姿で倒れていた。だが最初、俺にはこれがリリスであるとは信じられなかった。手足がなく、首もない、裸の女の死体。これでは誰だか判断出来るはずも無い。
 一つ目と全く同じ状態ではないか。一度見慣れているせいか、前回程同様せずにすんだ。死体に近づくと、今度はじっくりと観察してみた。
 手足と首を無残に切断された死体が、血溜りの中に佇んでいる。切断面を見てみると、鋭利な刃物で切られたのだろう、とても滑らかである。鋸や斧ではなく、何か大型の機械で行われたのではないだろうか。人間の手で行ったのならば、こうはいくまい。肉も骨もきれいに切断されている。
 昨日人夢が言っていたのはこれだったのか?
 ひっくり返してはいないので、背中側は分からないが、見たところ切断以外に外傷はないようだ。おそらく前の死体も同じだったのだろう。
「…架賀巳さん、大至急他の皆を集めてください」
「は、はい! 分かりました!」
 リビングに集めてもらうよう支持すると、あっという間に走り去って行った。俺は再び死体を見下ろす。まさかこんなに早く次の事件が起きるとは。確かに何も対策を立てていなかったが、あれから数時間しか経っていないのに。犯人は精力的なのか、よほどあせっているのか。
 とにかくこうしていても始まらない、俺も向かうとしよう。リリスの死体に黙祷を捧げると、リビングに向かい歩き始めた。

 俺が到着すると、すでに全員が集まっていた。澪、黄泉、クリス、人夢、凪、架賀巳、茉莉華、そして凛。やはりあの死体はリリスに間違いないようだ。
「一体どうしたの、斑君? こんな朝早くから」
 クリスに言われて時計を見てみる、確かにまだ7時前だった。一度皆を見回した後、大きく一つ息を吐いた。よし、始めるか。
「…先程確認しましたが、リリスさんが殺されています」
 部屋が騒然となる。落ち着くまでしばらく待つ。やがて落ち着いてきたらしく、すがるような目でこちらを見てくる。
「それは本当なのかい、まーさん?」
「ええ、残念ながら。さっき架賀巳さんに起こされて確認してきました。在膳さんと同様、手足と首が切断されていました。ですから、違う人の可能性もあったのですが、ここにこうして皆さんが揃ってますから、あの死体はリリスさんのものと考えて間違いないでしょう。気になる方は研究室にありますから、後で見てきてください」
 今度は沈黙が部屋を支配する。皆何がしの恐怖を感じているようである。それは在膳に次いでリリスが殺されたからか、死体が切断されているからか、それともこの中に犯人がいるかもしれないからなのか。
「無駄だとは思いますが、一応確認します。夜解散してから今まで、皆さんは何をしていましたか?」
 無駄だとは思うが、念のためアリバイを確認した。だがやはり、さっきまで各々の部屋で寝ていたそうだ。また誰1人アリバイはなかった。
「架賀巳さん、幾つか聞きたいことがあるのですが」
「はい、何でしょう?」
「何故あんな時間にリリスさんの死体を発見したのですか?」
 彼女を疑っているわけではないが、第一発見者が一番疑わしいのが常識である。
「あ、はい。在膳さんの遺体の捜索と、不審者が入り込んでいないか探すためにリリス様自ら指揮を執ると昨日おっしゃりまして。色々相談のため、朝の6時に来てほしい言われましたので」
「それで発見したと」
「はい…朝になってリリス様の部屋に行ったのですがお返事がなかったんです。不審に思っていると、研究室から明かりが漏れているのに気づいたんです。何かと思って覗いてみると…。それで急いで斑様のところに」
「分かりました。まさかとは思いますが、使用人達の人数は減っていませんよね? あと、すでに現神の方には連絡はしましたか?」
「はい、先程確認させましたから。それと連絡昨日のうちに。急いでくるそうですが、それでも明日の晩になるそうで」
 犯人にしろ俺らにしろ、何かをするにはあと2日がリミットってことか。
「ありがとうございます。お聞きのとおりですが、明日の晩まではこの島に滞在していなくてはなりません。現神が来るまでは船もありませんからね」
「それはかまわないが、これからどうしたらいいんだい?」
「そうですね、こういうときは誰か先頭にたって行動するのが一番なんですが、誰かいませんかね」
 誰もこちらを見ようとはしない。そりゃそうだろう、俺だってやりたくないからな。
「君がやったらどうだい?」
「いえ、凪さん、俺なんかに皆さんをまとめられる力はありませんよ。ではしかたないですね、明日の晩までは今まで通りに過ごしてください。ただし、まだ犯人が犯人が捕まってはいません。この先何が起こるのか分かりませんから、常に最低でも2人一組で行動してください」
「ああ、わかったよ」
「それと、申し訳ないですが架賀巳さんは捜索の方をよろしくお願いします。それで犯人が捕まれば安心ですし」
 まず有り得ないだろうが。
「はい、わかりました。あの、リリス様の遺体はどうしましょう?」
「そうでしたね、在膳さんと同じところに運んでおいてください」
「はい」
「では解散にします。また元気な姿で会いましょう」
 疲れた体に鞭打つように立ち上がる面々。実際こう立て続けに事件が起きているのだ、精神的にも肉体的にも皆限界に近いだろう。ったく、有意義なバカンスじゃなかったのか。
「そうだ、茉莉華さん」
 リビングを出ようとする茉莉華に声を掛ける。彼女には大事な仕事を頼まなくては。
「はい、何ですか?」
「すいませんが、なるべくでいいんで凪さんについていてもらえませんか? 1人にしておくのは危険ですし、他の人はパートナー同士いると思うんで」
「そういうことならわかりました。しっかりついてますね」
「お願いします」
 礼を言うと、笑顔で凪に向かって歩き始めた。ただその笑顔は無理やり作ったものではあったが。
 さてこれからどうするか。このまま現神が来るのをただ待っているのも悪くは無いが。
「まーちゃん、私達も行こう」
「ん、ああそうだな」
 とりあえずは風呂にでも入ってさっぱりしよう。どうもまだ頭が上手く回っていない。凛と並び階段を上る。凛の部屋の前に着くと、突然凛が腕を引っ張った。
「どうした?」
「あのね、私お風呂入りたいから。一人じゃ不安でしょ」
「ああ、わかったわかった」
 さっき俺が言ったばかりなのに、すっかり忘れていた。俺のほうは凛の後でもいいしな。
「じゃあ、私入ってくるから。しっかり見張っててね」
「まかせとけ」
 にっこりと笑うと、手を振りながら風呂場に消えていった。
 しかし、この事件は考えれば考える程、おかしな事件だ。まず何よりも動機がわからない。一体何故HOCSを殺す必要があるのだろうか。大体一般人はHOCSの存在自体を知らないのだから、紛れ込んでいるという可能性は考えにくい。
 ではこの島のメンバーの誰かなのかと考えるが、やはり納得出来ない。この島で出会った彼女達は皆初対面のはずである。HOCSが他のHOCSと会うことは非常に稀である。確かに彼女達には著名な人もいるが、出会うまでは到底HOCSとは分からないだろう。
 ということはHOCSとは関係ないのだろうか? 以前に1人の人として、誰かに恨みを買ったために殺されたのか? いや、だとしたら在膳とリリスの二人が殺されるのはおかしい。
 全く何がなんだか、わからないことが多すぎる。何故首や手足を切断したのかもわからない。何の必要があるというんだ。怨みからくる行動なのか? 殺してからも死体を傷つける程の怨みがあったのか? それとも何か他の理由があるのだろうか。切断された部位が見つかっていないのも気になる。何か見られてはまずい理由でもあったのか。
 それに他の人達の態度もわからん。ショックなのはわかるが、何故ああも無気力なんだ? ああいうものなのかHOCSというのは。俺は凛しか知らないし、凛は確かに特殊だが。それと架賀巳だ。最初はかなり動揺していたが、途中からはかなり冷静なように思えた。自分の主が殺されたのに、そんなすぐに立ち直れるものか? プロってのはそういうものなのか? 使用人達も静かだよな。普通慌てて、ストぐらい起こしてもよさそうなものだが。
 とにかく全てが変わっている。事件も人間も場所も、どれ1つとってもまともじゃない。まともに考えたいてはいけないのか? 
「あがったよー」
「…ああ、早かったな」
「そう? 結構ゆっくり入ってたけど」
 そうなのか? どうやら随分と考え込んでたらしい。結局何一つ分からなかったが。いや、何もわかっていないということが分かったか。
「まーちゃんも入る?」
「ああそうするよ」
 次は俺の番ということで、二人で俺の部屋に移動した。別に凛の部屋のを借りてもいいのだが、着替えがないことに気づき俺の部屋に行く事にした。
「じゃあ、少し待っててくれ」
「うん」
 凛を待たせて風呂に入る事にした。さすがに湯を張るのは面倒なのでシャワーだけですませておいた。
 体がさっぱりすると、やはり頭もすっきりしてきた。これで少しは頭が働きそうである。
「おまたせ」
「あれ、早いねー」
「男はこんなもんだ」
「ふーん、まあいいや。それでこれからどうするの?」
 どうしたものか、このまま現神の到着を大人しく待っているのが、一番の良策に思える。下手に動いて犯人を刺激してもまずいしな。
「やっぱり犯人捜すんでしょ」
 はい?
「お前の口からそんな言葉が出るとはな。いつもは人の事には無関心のくせに」
「うーん、だって完全に他人事ってわけでもないし。それにこういうのはまーちゃんに向いてそうだし、というかまーちゃんじゃなきゃ解決できなさそうな気がする」
 そうまで言われたら、何もしないわけにいかないだろう。俺がどこまでやれるかは分からないが、出来るところまでやってみるか。
 それにしても、自分にも関わるとはいえ他人のためにこいつが動くとはな。成長しているんだな、やっぱり。変わらないのは俺だけか。
「そんじゃやってみるか。でもその前にまず腹ごしらえだな。腹が減っては戦は出来ぬだ」
「うん、私もお腹ぺこぺこだよ」
「よし、行くか」
「でもさーまーちゃん」
「ん?」
「こんな状況で誰がつくってくれるの?」


 心配に思いながらも、食堂に向かってみると何の問題もなかった。捜索に全員が向かうはずもなく、残っていた使用人達がちゃんと食事をつくってくれたのだ。考えてみれば当たり前の話である、早とちりはいかん、ということだ。
「さて、腹ごしらえもすんだし、まずどうするかな」
「どうするって、犯人捜すんでしょ?」
「いやそうなんだが、闇雲に行動しても時間の無駄だしな。ある程度は辺りをつけてやらないと」
 これからのことを考えていると、遠くから物音が聞こえてきた。何かと思い廊下に出てみると、そこにクリスと人夢が現れた。
「ああ、ここにいたんだ。探したよ」
「どうしたんですか? さっき何か物音が聞こえてきましたけど」
「そう、それが大変なんだよ! 首が見つかったんだって!」
「え!」
「二人の首が見つかったって。まず君に見せなきゃってことになったから探してたんだ」
 それは本当なのか? いやこの人達がそんな嘘をつく必要は全くない。まさか首が見つかるとは思わなかった。最初から存在していなかった以上、良くて事件解決まで、最悪二度と見つからないと踏んでいたのだが。どういうことなのだ。犯人からしたら証拠を与えるようなものではないか。首程度では問題ないということなのか?
「よく見つかりましたね、余程探したんでしょう」
「いやそれが、屋敷から少し離れたとこにある木に吊るされていたらしいよ、二つとも」
 吊るされていた!? 何だそれは、まるで見つけてくれと言わんばかりではないか。これは何を意味しているんだ。宗教的な理由なのか、やはり怨みによるものなのか。
「とにかく行こう! 架賀巳さんが待ってるよ」
「あ、はい、行きましょう」
 急いで1階に向かった。死体は両方共、使っていない研究室に保管してあるそうだ。そこなら死体の腐敗を防げる設備もあるためだとか。
 しかしすっかり俺が探偵役になってしまったな。一言もそんなことは言っていないのに。まああんなことしたらしょうがないか。
 1階に着くと、死体の置いてある研究室の前に架賀巳が立っていた。
「あ、斑様、こちらです」
「首が見つかったそうですが」
「ええ、どうぞ見てください」
 頷くとゆっくりと研究室の中に入った。腐敗を防ぐためだろう、息が真っ白になるほど冷えている。そんな凍えた部屋の真ん中に、二つの死体が並んでいた。相変わらず手足の無い、胴体だけの死体である。だが今は数cm離れて首が置かれていた。それは間違いなくリリスと在膳のものだった。その顔は二人ともとても穏やかで、何の苦しみもなく死ねたように見えた。
 近づいてよく観察してみると、両方共首に何かで絞められたような跡があった。死因は絞殺のようだ。二人とも首を締め殺害後、体を切断されたのだろう。ないとは思うがその逆だった残酷すぎる。
「…何かわかりましたか?」
「いえ、死因が絞殺だってことぐらいですね。あとはこれといって」
「…そうですか、でもとりあえず首だけでも見つかってよかったです。弐瑠花様もきっと喜ぶでしょう」
「そうですね、架賀巳さんも良かったですね」
「…はい」
 首が見つかったことは嬉しいのだろう、だが故人が帰ってくるわけではない。何とも言えない表情で答える。少し話を聞こうと声を掛けようとした瞬間、慌しい音が耳に入ってきた。
「すいません! 清香の首が見つかったそうですが!」
「ああ、弐瑠花様。はい、どうぞこちらです」
「あ、はい。………ああ、清香」
 変わり果てた姿の在膳と対面した凪。架賀巳同様、悲しみと喜びが入り混じったような表情で在膳の死体を見つめている。
「…少し1人にしてあげよう…」
「…そうですね」
 凪を残し、俺たちは研究室を後にした。
「架賀巳さん」
「はい、何ですか?」
「お聞きしたいんですが、この屋敷に死体を切断できるような機械ってありますか?」
「えぇ、ありますよ、この奥に」
「案内してもらえますか?」
「はいかまいませんが…」
 架賀巳の案内で、さらに奥に進む。クリスは戻ろうしていたが、意外なことに人夢も見たいと言い出したために、彼女たちも付いてくることになった。
 さらに奥にある部屋に入ると、木材などを切断するための機械が置かれていた。鋸の部分を見てみると、最近付いたらしい血がこびりついていた。どうやらここで死体の切断が行われたみたいだ。
「ここは普段、鍵は閉めているのですか?」
「いえ、こういうところですから、特には施錠してませんが。個人の部屋以外は特に閉める習慣はないですね」
「ということは、何時誰でもここには入れるってことですね」
「え、えぇ、そうなりますね」
 この程度で犯人を絞り込めるとは思っていなかったが、何の収穫もないとやはりへこむ。ただこの機械を使ったとしても、手足、首を切断するには時間がかかりそうである。果たして1時間という時間で殺害、切断、移動が出来るのか? リリスの場合は数時間はあるので問題ないだろうが。こればかりは実験出来ないからな。
 とにかく死体の切断場所だけはわかったからよしとするか。おそらく殺害場所はそれぞれの部屋だろうが、証拠は見つからないだろう。あまり重要とも思えないが。
「ありがとうございました。架賀巳さんはこのあとも捜索を続けるのですか?」
「はい、まだ手足は見つかってませんし。何とか全部見つけて差し上げたいですから」
「そうですか、後でリリスさんの部屋を調べたいんですが、申し訳ありませんが鍵を貸していただけますか」
「そういうことでしたら鍵を開けておきますので、ご自由にどうぞ。でも何か見つかりますかね?」
「分かりませんが、探してみなくては何も見つかりませんし」
「そうですね、がんばってください」
「架賀巳さんも」
 また捜索に向かうと言い残し、架賀巳は去っていった。少しも休むことなく大した体力だ。むしろ気力が支えているのだろう。
「クリスさん達はどうします?」
「何もしてないのも落ち着かないし、難しいこと考えるのは苦手だからね。幾ら考えても犯人なんかわかりそうにないから、捜索の手伝いでもしてくるよ」
「そうですか、がんばってくださいね」
「君もね、これでも結構期待してるんだから」
 俺の肩をたたくと、じゃあまたと言い残し二人は去っていった。去り際人夢が何か言いたそうだったが、結局何も言わずに去っていった。後で会ったら聞いてみるか。
「それじゃまずどこを調べるの、まーちゃん?」
「まずはも一度在膳さんの部屋からかな。昨日は暗かったし、何か見落としたことがあるかもしれないし」
「うん、わかった。それじゃはりきって行こう!」
 数時間ぶりに再び在膳の部屋に向かおうとしたら、捜索に向かったはずのクリス達がが戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「言い忘れてたことがあったんだ。君を呼びに行く前のことなんだけど、見つかった首を胴体のところに置きに行くのに付いていったんだ」
 それがどうしたというんだ? 胴体と繋げるなんて当たり前じゃないのか? ばらばらに置いておく理由なんてどこにもない。
「その時ちょっとおかしなことがあったんだ」
「おかしなこと?」
「うん、胴体に首を合わせてみたんだけど、切断面がうまく合わなかったんだよね」
「え? それはどういうことです?」
「架賀巳さんが首を胴体につけてみたら、切断面に微妙なずれがあったんだ。それに気づいて、変じゃないかって言ったら彼女も気づいたみたいで」
「それって死体が違うかもしれないってことじゃないですか!」
 もしあの死体のどちらかが本人のものではないとしたら、これは大変なことである。
「いや、死体は間違いなく本人達のものだよ」
「え、でも今合わなかったって」
「うん、一度は会わなかったんだけど、ためしにお互いの首を入れ替えてみたら、これがぴったり。どうも最初に人を間違えて置いたみたいだね」
 話をまとめると、首を見つけてすぐ胴体と繋げてみたが、在膳の首をリリスの胴体に、リリスの首を在膳の胴体に繋げたってことか。なんだ、驚いて損をした。
「それって、おかしなことですかね?」
「おかしくない? 確かにあの二人の体つきは良く似てたけど、どっちを先にそこに置いたかぐらいは覚えてるもんじゃない。覚えてたら間違えるはずはないと思うんだよね」
「まあそうかもしれませんけど、首が見つかって慌ててたのかもしれませんし、死体を運んだのは使用人達で、架賀巳さんはどっちがどっちかわからなかったのかもしれませんよ」
「死体を運ぶとき付き添ってたみたいだったけどな。そうだね、確かに普通じゃなかったよ。首が見つかった時も顔が真っ青だったけど、首を間違えた時なんかさらに真っ青な顔で俯いてたしね」
「そうですよ、やっぱり」
「でもやっぱり変だったな。俯いてたから声掛けたけど、何かに気づいたみたいな表情で、ぶつぶつ言ってたからね。疲れてたのかね」
「かもしれませんね。間違えて、自分が相当疲れているのに気づいたんじゃないですか」
 それにしてはさっき元気そうに歩いていったな。割り切ったのかな、それともプロ根性で仕事の時は変わるのか。
「かなー、まあちょっと気になっただけだから。邪魔しちゃってごめんね」
「いえ、そちらもがんばってください」
 今度は頭をたたいて去っていった。人夢の方を見ると、すっきりしたような顔で去っていく。言いたかったことはこれだったのか。似たもの同士だな。
「さて、そろそろ行くか」
「うん、早くしないと日が暮れちゃうよ」
 長い事立ち話をしていたが、ようやく在膳の部屋に向かうことにした。そういえば随分長いこと研究室に入りっぱなしではないか、凪は。凍死する前に声を掛けなくては。そんな理由でこれ以上死体を増やしたくはない。向かう途中に声を掛けていくか。


 途中凪に声を掛けてから在膳の部屋に向かった。日の光が入っているせいか、昨日とは雰囲気が違う。部屋も荒れていないため、ここで殺人があったとはとは到底思えない。
「やっぱり何にもないよ」
「だな、まあもうちょっと調べてみよう」
 覗き見するのも悪いので、荷物には手をつけず隅々まで調べる。だがこれといって気になる点は見つからなかった。
「うーん、後は荷物ぐらいだね。見てみる?」
「そうだなー、悪いが少し見させてもらうか。凛お前が見てくれ」
「了ー解」
 凛が荷物を調べている間、ぶらぶらと部屋の中を歩き回る。おかしいな、あれがあると思ったんだが。
「おかしなものは何にもないね。着替えとか、仕事のものとかしかないね」
「ん、そうか。これ以上は意味がなさそうだから、次行くか」
「ほーい」
 在膳の部屋に見切りをつけ、次に行くことにした。部屋を出ようとドアまで来ると、あるものに気づいた。
 あった!
 その場にしゃがみこみ仔細に観察する。
「どうしたのまーちゃん? 具合悪いの」
「いや、なあ凛これはなんだと思う」
「え? 何かを引きずった跡に見えるけど…」
 その通りだった。在膳がここで殺されさっきの研究室まで運ばれたのならば、必ず死体を引きずった跡が存在するはずなのだ。抱きかかえるなり、背負ったのならば跡は付かないかもしれないが、全くないということもあるまい。
 そして確かにそれはあった。だが何故こんなドアのそばにあるのだ? 部屋を出て行こうとしたところを殺されたのだろうか。
「凛、ちょっとドアを開けてくれ」
 凛に頼みドアを開けてもらう。引きずった跡は部屋の外まで続いていた。
「ん?」
 引きずった跡が左右に付いている。研究室に向かうのならば左だけでいいはずなのだが。
「これどう思う?」
「へ? んーと、一度右に向かったあと、間違えたのに気づいて左に向かった、かな?」
 それが一番無理がないようには思える。だがそんな間違いを犯すのか。この事件は突発的に起こったようには見える。それならば慌てて間違いを犯すのも頷けるが。それにしては無駄がない。この矛盾は何なんだ。
「…これ以上考えても分かりそうにないな。次に行こう」
「うん」
 とりあえず頭の片隅に叩き込んでおこう。在膳の部屋を後にして次はリリスの部屋に向かった。リリスの部屋は死体を安置してある研究室の向かい側にある。すでに架賀巳が鍵を開けておいてくれたようだ。ノブに手をかけ中に入る。
 その光景に思わず声を失った。
 天井にはシャンデリア、天蓋のついたきらびやかなベッド、年季の入った和ダンス、二段重ねになっており上部分だけが回る丸テーブル、その他数え切れないほどの装飾品の数々。何だこの世界は、無茶苦茶じゃないか。
「ひぇ〜、目がくらくらするよ」
 俺もめまいがしそうだ。和洋折衷など通り越した、まさに多国籍な部屋である。気づいただけでも、日本、アメリカ、中国、ロシア、インド、アフリカ、イギリス、南米etc、etc…。
 ここまでくると、趣味が悪いを超越して一種神秘的である。
「…とりあえず、やるか」
「…うん」
 これほどまでに混沌とした中から探しものをするかと思うと、気が遠くなる。だが始めなくては何時までたっても終わらない。
 凛がクローゼットやタンスを、俺は家具周りを探し始めた。在膳の部屋同様、特に荒らされた様子は見受けられなかった。隙をついて襲ったのか、それとも油断するほど気を許した相手だったのか。
「ねーまーちゃん、これすごいね」
 凛に呼ばれ振り返ってみる。クローゼットの中には多種多様な服が掛けられている。確かに凄い数だが、一応お金持ちなんだからこれぐらいは持ってるんじゃないか。お前だってこれぐらい持ってるだろうが。
「そうか? これぐらい普通じゃないのか、お前達は」
「違うよ、数じゃなくて、ほらよく見てみて」
 いぶかしく思いながらも、近づいてよく見てみる。あれ? 何か変だな。
 さらに近づいてみてみると、おかしさの原因に気づいた。全ての服が2着づつあるのだ。
「ね、すごいでしょ。全部2着づつあるの。下着も全部2つづつあったよ」
 変わっているといえば変わっているが、こういう人ってたまにいるよな。
「単にコレクターなんじゃないのか? ほらよくいるだろ、使う用と保存用と2つ買う人って」
「そうかなー二つとも使ってるような感じだったけどな。でもそうなのかも。あ、もしかしたら架賀巳ちゃんと着て遊んでたとか」
 あの架賀巳とリリスが着せ替えごっこ? 見てみたような、恐ろしいような…。
「考えるのは後でもかまわないから、とにかく今は何か気になるとこを探すぞ」
「ラジャー」
 再び捜索を始める。今度は床を念入りに調べてみる。あれ、今度はないぞ。何度も調べてみたが、この部屋には引きずった跡が見当たらなかった。ここで現場ではないのか? それとも機械のある部屋まで近いから、こっちは引きずらずに運んだのか? どうにもちぐはぐな印象を受ける。まるで違う人間がそれぞれ事件を起こしたような。それとも何か勘違いをしているのか。駄目だ、わからない。
「凛、そっちはどうだ?」
「んー、何かいっぱい出てきたよ」
「何がだ?」
 凛のそばに寄ってみる。手紙やら書類やら、リリスが書いたであろう紙面が大量に出てきた。
「へー、字もきれいだな」
「本当、まーちゃんとは比べられないね」
「そういうお前だって、ミミズがのたくったような字じゃねーか!」
 たく、自分のことは棚において。凛はほっといて内容をざっと見てみる。仕事の書類や、友人に書いた手紙の書き損じ、取り留めのないメモなど様々だが、重要なものがあるとは思えなかった。
「手がかりにはならないか…ん?」
 よく見てみると、どれも2種類に分けられた。とてもきれいなものと、微妙に文字がにじんでいるものがあった。
「なんだこりゃ」
「どれどれ、あっ、本当だ」
「何でにじんでるんだ?」
「これ、にじむっていうか、こすった後みたいだね」
「だな、でも何でこする必要があるんだ」
「うーん、リリスちゃんでよくふらふらしてたから、だからじゃないかな?」
「なんだそりゃ」
「こう眠くなって、手がふらふら〜って」
 だとしたら途中でやめそうなものだが、これらは書き損じを除けば全て最後まで書かれている。余程根性があるのか、最後までやらなくては気がすまないのか、どちらにしろ眠いのに大したもんだ。
「それでどう? 何か分かった?」
「いや、何かこうぼやーっとは見えてきてるんだが、いまいちまとまらないな。こうばらばらっていうか、ジグザグっていうか…」
「ああ、分かる。特にこの部屋なんか」
「そうなのか?」
「うん、こう見てるとなんか落ち着かないっていうか、違和感っていうか」
 違和感? そういえば前にも誰かが言ってたな。確かにどうも落ち着かない。誰が言っていたんだっけ、あぁ、人夢か。人夢?
 何か色々言ってよな。違和感とか、リリスに気をつけろとか、死体のこととか。
 !!
 何かが弾けた。一度弾けたものが急速に集まっていく。ばらばらだったピースが1つの絵を作り上げていく。
「まーちゃん?」
 待て、少し待て。これを逃がしたら駄目だ! この島に来てから見たもの、聞いたもの、出会ったもの全てが頭の中を回る。
 あと1つ、あと1つ何かあれば。くそ!
「ああ、斑さんここにいたんですか。…どうしました?」
 在膳の死体を見ていた凪が研究室から出てきた。研究室? 首?
 首!
「…まさか…そうなのか? いや、それしか…だがこんなことが…」
「斑さん?」
「まーちゃん?」
 これでいいのか? 確かにすじは通る。何の違和感もなく全てのピースがはまる。
 だがこんなことがあっていいのか? 俺は頭がおかしくなったんじゃないのか? 何度も考え直す、だが何度やっても1つの結論にしか達しなかった。
 やはりそれしかないのか。そうか、ならば俺にこそ相応しい。俺にこんな役回りが回ってきたのも頷ける。
 これは俺の事件に違いない。
 ならばやることは決まった。
「まーちゃん、大丈夫?」
「…ああ、大丈夫だ。全てが分かったよ」
「本当ですか、斑さん!」
「ええ…」
「さすがまーちゃん♪ それでどうするの?」
 俺は二人の顔を見て笑う。心のそこからの笑顔だ。過去に捨て去ったはずの。
「決まってるだろ…」
 古今東西、真相が分かった探偵がすることは1つしかない。こんなにもおかしく愚かで儚く悲しい狂った事件だが、あえてオーソドックスにいってやろうじゃないか。
「今すぐ皆を集めてくれ」
「うん、わかった!」
「はい!」
 さて準備は整った。後はゴールまで突っ切るだけだ。ここまできたらもう止まれないぞ。いいだろう、乗ってやろうじゃないか。
「さあ宴の始まりだ」